※当サイトではアフィリエイト広告を利用しています

世界のすっぽん史

すっぽんの歴史

滋養強壮や精力増進に効果があり、漢方薬としても愛用されるすっぽん。
ちょっと疲れた時などは、すっぽん鍋でスタミナをつける方も多いと思います。
ところで、すっぽんはいつ出現し、人類とどのような関わりを以て現在にいたるか知っていますか?
今回は、すっぽんと私たちの関わりについて歴史を紐解いてみたいと思います。

すっぽんの出現は白亜紀後期

すっぽんの生態

すっぽんは爬虫類綱カメ目スッポン科に分類される生物です。
現在は、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ、日本、インドネシア、パプアニューギニアなどに生息しています。

すっぽんの源流である背中に硬い甲羅を持ったカメ目は、今から2億1千年前の中生代三畳紀後期に地上に現れ、その形状は現在とほとんど変わる所がありません。
それを考えると、その1種であるすっぽんは意外と新参者で、日本の福井県勝山市の手取層群北谷層で発見された、1億4,500年前の白亜紀前期の化石が世界最古です。
この時期の東アジアだけに集中して化石が発見されていることから、すっぽんは東アジアで生まれ、北半球を中心に世界に広がったと考えられています。

中国では3000年前からすっぽんの専門職がある

すっぽんは東アジア原産のため、四大文明の一つである中国では、すっぽんは古くから食されていました。

甲骨文字による記録

中国最古の王朝とされる殷代の後期には、甲骨文字という占いに用いた文字が発明され、様々な事象を動物の骨などに記録にしています。
因みに甲骨文字は乾燥させた亀の甲羅に文字を刻み、焼き鏝を当てて割れた様で吉兆を占うために用いられました。

紀元前1000年頃の西周の時代には、王のためにすっぽんを捉える「鼈人」なる職業があったことが記録として残っています。

中国では紀元前にすっぽんは貴重な食料資源だった

紀元前5~4世紀に活躍した、孔子や孟子といった中国思想の基礎を作った諸子百家の経典の中にも、すっぽんの話が数多く出ているので、比較的身近な生物だったことが伺えます。
また、紀元前460年に范蠡(ハンレイ)が記した『養魚経』には、早くもすっぽんを養殖してお金を稼ぐ方法が記されています。
さらにこの頃に編纂された儒教の基本経典の『礼記』には、幼少のすっぽんを捕えてはならず、資源として保護の対象になっていたことが伺える記述があります。

1800年前には既に漢方薬として使用された

秦の時代から三国時代にかけて編纂された中国最古の漢方書『神農本草経』では、すっぽんは食卓を彩る料理の肴以外に、漢方薬として使われていたことが記載されています。
また、楊貴妃との恋で有名な唐の玄宗皇帝の後を継いだ粛宗は、在位の間に81か所の池を作り、そこにすっぽんなどの水生生物を養殖し、財政再建を目指した記録が残っています。

このように、中国ではすっぽんは非常に経済効果が高い食料品として認知されていました。
このような価値観は、中国を宗主国とする東アジアや東南アジアに伝播しています。
中国文化の影響下にある朝鮮半島、台湾、ベトナムなどでは、古くからすっぽんを珍味や漢方薬として珍重しています。

日本では縄文時代から食されていた

中国で紀元前から文字として記録が残っている一方、日本はそのころ縄文時代だったので文字の記録は残っていません。
しかし、すっぽんは日本でも生息しており、縄文時代中期の時代の遺跡からすっぽんの骨が発見されています。
それ以降、弥生時代には西日本を中心に各地の遺跡からすっぽんが数多く出土していることから、この頃から日本人の間ですっぽんが食されていたことが分かります。

日本の文献に出てくるのは飛鳥時代

日本の文献で初めてすっぽんが出てくるのは『続日本紀』で、第42代文武天皇の即位の年に、近江国(現在の滋賀県)で「白鼈」が出現し、献上された記録が残されています。
古代、白い生き物は神の遣いとされ、その出現は瑞兆とされているので、すっぽんが非常におめでたい生き物として扱われたことが伺えます。
ただし、それ以降近世になるまで、すっぽんが文献に出てくることは殆どありません。

日本ではすっぽんの大衆化は江戸時代

一方、遺跡などの調査で庶民の間では依然として食料品とされていたことが分かっており、近世以降は関東などでも食されるようになりました。
江戸時代初期に編纂された日本版の漢方書『本朝食鑑』には、庶民の間ですっぽんが食されていることが分かり、その栄養価や薬効について評価されています。
江戸時代中期になると、すっぽんは美味しく薬効があることから珍味として扱われ、その需要が増加していきます。
そして江戸時代末には天然のすっぽんが貴重となり、価格が高騰していきます。

日本でのすっぽんの養殖は明治時代

日本ですっぽんが養殖されるようになったのは、すっぽんの人口孵化に成功した養殖家の服部倉次郎が、明治30年代に浜名湖に養殖場を開いたのが始まりです。
それ以降、浜名湖を中心にすっぽんの養殖を始めるものが多く現れました。
1980年代になると、国の減反政策で西日本を中心にすっぽん養殖に鞍替えする農家が多数現れ、現在はすっぽんが好む暖かな九州などでもすっぽんの養殖が盛んです。

1990年代に世界的なすっぽんブームがあった

1990年代後半になると、中国や韓国、台湾など東アジアを中心に経済が急激に発展します。
それに伴い高価であったすっぽんも庶民の手の届く存在となり、需要が急激に増加します。
そのため、中国国内で乱獲された結果天然物が少なくなり、国際的にも価格が急上昇します。

その頃、北米ではすっぽんを食用とする習慣はなかったので、野生のすっぽんが大量に狩猟され、中国をはじめとした東アジアに輸出されるようになりました。
しかし、あまりの需要の多さに野生のすっぽんが激減し、2000年代になると自然資源の維持を目的としてアメリカのいくつかの州で保護や輸出制限の対象になっています。

現在は、中国国内ですっぽんの養殖業者が多数現れ、手頃な価格で落ち着いています。
また、国内外の養殖技術の発展ですっぽんが安定的に供給できるので、サプリメントなどに加工され、手軽にすっぽんの豊富な栄養を摂取できます。

まとめ

すっぽんは1億4500万年前の白亜紀後期に東アジアで出現し、現在までほとんど姿かたちを変えること無く生き続けています。
すっぽんが文字として記録されるのは今から3000年前の中国で、既に王が食べる珍味として珍重され、紀元前には薬効がある産業食品としての価値が認められていました。

日本でも縄文時代中期から西日本を中心に食され、江戸時代中期には関東でも珍味として食されるようになります。
近年は中国をはじめとしたすっぽん食を行う東アジアの経済発展により、すっぽんの需要が急伸し、乱獲などで天然のすっぽんが激減しています。
現在は、養殖によりすっぽんが安定して手に入るので、すっぽん料理やサプリメントなどですっぽんの栄養を身近に摂取できます。

あなたにオススメのコラムRecommend