日本のすっぽん食の歴史

すっぽんはいつから食べられているの?

滋養強壮や精力増進に効果があり、漢方薬としても使用されるすっぽん。
今でこそ、スタミナの付く高級料理として全国の料亭などで味わうことができますが、すっぽんが日本で食べられるようになったのはいつ頃でしょうか?
今回は、日本ですっぽんが食べられてきた歴史についてお話します。

すっぽんの食用は縄文時代から

日本では古くからすっぽんが食べられており、滋賀県の縄文時代中期の遺跡からすっぽんが出土しています。
しかし、縄文時代の遺跡から出土するすっぽんは余り多くなく、弥生時代以降の遺跡からすっぽんの出土例が多くなります。

すっぽんが初めて記された文献は?

日本で文字による最も古いすっぽんの記録は『続日本紀』で、文武元年(697年)に近江国から白鼈(白いすっぽん)が献上されたことが記されています。
それ以降、記録としてすっぽんが出てくることはありませんが、暖かくすっぽんが育つ環境が整った西日本を中心に食されていたようです。

すっぽんは江戸時代中期から全国区へ

江戸時代初期に医家の人見必大(ひとみひつだい)が、漢方の教科書『本草綱目』に準拠してまとめた『本朝食鑑』に、すっぽんの名が見られます。
『本朝食鑑』は、日本の庶民が普段食べている食物の栄養を評価したもので、すっぽんが庶民の間でポピュラーな食材で、価格も安かったことが伺えます。
また、京都ではすっぽんの甲羅が満月のように丸いため、「丸鍋」と称してすっぽんの鍋物を扱う料亭が繁盛していました。

関東で食べられるようになったのは江戸時代中期からで、『寛永料理集』では真亀と表記され、吸い物や刺身で食べることを勧めています。
江戸は参勤交代で全国から人が集まるので、江戸で話題になるとその話は全国に広がります。
人形浄瑠璃の『元禄曾我』や、十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』の件(くだり)にも、すっぽんの話が登場します。
また、ゲテモノ料理は精が付くという考えかたは今も昔も変わらず、『北越奇談』や『怪談旅之曙』では、すっぽん稼業で儲けた人がその霊に憑り付かれる話があります。
逆説的に考えれば、それだけ庶民の間ですっぽんが多く食べられ、すっぽん料理屋が繁盛していたことの証です。

すっぽんの養殖は明治時代から

庶民の間ですっぽんが多く食されるようになると、それに伴い天然のすっぽんの数が少なくなり、価格も高騰してきます。
明治12年、養殖家の服部倉次郎がすっぽんの人工孵化に成功します。
彼は、明治30年代に静岡県の浜名湖畔の前坂町ですっぽんの養殖を始めると、周囲の人もすっぽんの養殖を始めるようになり、浜名湖がすっぽんの一大拠点になります。

その後、1980年代になると、すっぽんが高値で取引されていることと、国の減反政策が理由で、休耕地となった田んぼを使いすっぽんの養殖を始める人たちが増え始めました。
現在は、暖かい九州や西日本を中心にすっぽんの養殖が全国に広がっています。
料亭などで使用されるすっぽんは、ほとんどが国内の養殖ものです。

まとめ

すっぽんは既に縄文時代の中期から、西日本を中心に食べられていました。
江戸時代初期には日本版の漢方書に、すっぽんが庶民の間で食されていること記され、関東ですっぽんが食されるようになったのは、ようやく江戸時代中期になってからです。
その美味しさからと滋養強壮の高さから、徐々に人気が広がり、それと共に天然物のすっぽんが減少したため、江戸時代後期には価格が高騰しています。
養殖は明治の末に浜名湖で行われ、1980年代に九州をはじめとした西日本ですっぽんの養殖業者が一気に増えました。
すっぽんは今でも高級料理ですが、養殖業者が増えたことで庶民にも手が届くスタミナ食になっています。

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